「片腕」(川端康成)①

妖しい、実に妖しい物語です。

「片腕」(川端康成)(「眠れる美女」)新潮文庫

「片腕」(川端康成)
(「日本文学100年の名作第6巻」)
 新潮文庫

「片腕を一晩
お貸ししてもいいわ」。
娘の言葉に従い、
「私」は娘の「右手」を借り受ける。
周囲に気付かれぬように
自室へと運び込んだ「私」に、
「右手」は語りかける。
「このなかで
今晩おとまりするのね」。
「私」は「右手」と添い寝する…。

男が若い娘から右腕を一晩借り、
その右腕と一夜を過ごす。
妖しい、実に妖しい物語です。
しかし、
筋書きとしてはただそれだけで、
何も起きません。

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もちろん、
片腕を借りたこと自体が
相当な事件です
(そんなことが可能であれば)。
だからこそ、
それ以上何も事件が起きなくても、
具体的な描写の積み重ねから、
読み手は多くの情景を
想像することができるのです。
その「描写」を見てみます。

「袖なしの女服になる季節で、
 娘の肩は出たばかりであった。
 あらわに空気と触れることに
 まだなれていない
 肌の色であった。
 春のあいだに
 かくれながらうるおって、
 夏に荒れる前の
 つぼみのつやであった。」

娘はおそらく汚れを知らぬ
処女なのでしょう。
娘と「私」の関係についての
記述はないものの、
娘を尊いものとして、
侵すべからざるものとして
捉えていることがうかがえます。

でありながら、
それ以降に続く描写は
艶めかしいものが続きます。

「私は膝においた
 娘の片腕をながめつづけていた。
 肘の内側に
 ほのかな光のかげがあった。
 それは吸えそうであった。
 私は娘の腕をほんの少しまげて、
 その光りのかげをためると、
 それを持ちあげて、
 唇をあてて吸った。」

「娘の片腕を
 胸の横に添い寝させた。
 娘の腕はそれが物足りないのか、
 手のひらを
 私の胸の脇に当てていたが、
 やがて五本の指を歩かせて
 私の胸の上にのぼって来た。
 おのずと肘がまがって
 私の胸に抱きすがる恰好になった。」

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娘の「右手」を使って
「何か」をするわけではありません。
娘の尊厳を大切に考え、
決してそれを傷つけるようなことを
しようとは考えていないのです。
また、そうした行為によって、
「右手」の純粋性が失われ、
返却後に本体と同化しないことも
恐れているのです。

しかしそれでありながら、
なんという
肉感的情欲的な表現の羅列。
文章から立ち上る
何ともいえない官能的な臭気。
「私」が行動を自制すればするほど、
淫靡な場面が
読み手の脳裏に像を結ぶという
川端康成の恐るべき作品世界なのです。
妖しい、実に妖しい物語です。

※「眠れる美女」収録作品一覧
眠れる美女
片腕
散りぬるを

※「日本文学100年の名作第6巻」
 収録作品一覧

1964|片腕 川端康成
1964|空の怪物アグイー 大江健三郎
1965|倉敷の若旦那 司馬遼太郎
1966|おさる日記 和田誠
1967|軽石 木山捷平
1967|ベトナム姐ちゃん 野坂昭如
1968|くだんのはは 小松左京
1969|幻の百花双瞳 陳舜臣
1971|お千代 池波正太郎
1971|蟻の自由 古山高麗雄
1972|球の行方 安岡章太郎
1973|鳥たちの河口 野呂邦暢

(2019.1.30)

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